「数字が全て」を否定する人達へ【Voicy文字起こし/西野亮廣エンタメ研究所 】

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ボイスメディアVoicyの「西野亮廣エンタメ研究所」チャンネルの文字起こしメモをしています。ほぼ写経のような感じでやっています。書き損じはご愛嬌で。

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目次

お前一人で生きてるの?

今日は、ちょっと数字の話をしたいと思います。

数字と表現の話をしたいと思います。

えーと、表現活動していると数字が全てじゃないみたいな主張をよく耳にするんです。

まみなさんも一度は聞いたことがあると思います。

最初に、耳の痛い話をすると、数字が全てじゃないって主張している方々の多くは数字で結果を出せない方であるっていう事実があると思いますが数字が全てではないとしないと数字で結果を出せない自分の才能を否定してしまうことになるからまあ自分を守るために走ってる言葉でもあると思うんです。

踏み込んだ話をする前にまずは僕キングコング西野の、スタンスを明確にしておくと、僕自身、数字で結果が出ているすべての表現が素晴らしいとは思わないんです。

数字で結果が出ている表現の中には素晴らしいものもあるしくだらないなと思うものもある。

ただ一つ数字が全てじゃないっていうその主張するからには数字で結果が出せる自分になった上でそういった主張をして行こうということを決めています。

じゃないとどこまで言っても負け惜しみになっちゃうんだよ。

これが僕のスタンスです。

ここを踏まえた上で話を進めていきますね。

あの端から見てると、数字が全てじゃないと主張している方の中には数字で結果が出ている表現の全てがあたかもお客さんの需要を事前にリサーチしてそこに当てに行くようなマーケティングによって作られた表現であるで整理されてる方が少なくないように思いますが全てが全てそうじゃないと思うんです。

他人の話をしたって仕方がないので自分の話を例に出すと。

例えばなんかあのキングコング西野って世間的にはお客さんの需要を下調べしてそこに当てに行くようなマーケティングによって表現を作ってるって思われていると思うんですが思われてんのかなんで思ってる方もいると思うんですが、本当にそうって思うんです。

もしもキングコング西野がお客さんの重要リサーチしてそこに当てに行くようなマーケティングによって表現を作っている選んでいる人間であれば10年以上前にひな壇止めてないんです。

当時のお客さんの需要って日向にあったからもしもキングコング西野がお客さんの需要をリサーチしてそこに当てに行くようなマーケティングによって表現を作ってる人間ならば絵本作家には転職せずに爆笑レッドカーペットに出る努力してると思うんです。

エンタの神様に出る努力してると。

お客様は爆笑レッドカーペットに私エンタの神様に私絵本なんて流行ってもいなかったんだからもしもキングコング西野がお客さんの需要をリサーチしてそこに当てに行くようなマーケティングによって表現を作ってる人間ならば4年も5年も前にオンラインサロンなって初めてないんです。

4年5年前にオンラインサロン存在を知ってた人ってどれだけいたのって話じゃないですか。

これを言うと驚かれるんですが、あの僕世間の流行りとか1ミリも興味がない。

世間の皆様が興味があるものにあまり興味がない。

心の底からどうだっていいと思ってる人間で石鹸の需要をリサーチしてそこに自分を当てはめて行く気なんてさらさらないんです。

だから援助するのかもしんないですけど全然会わせつもりがないですよ。

あの当時から僕がやっていることは一つで世間の需要の首根っこを掴んで僕がやりたいことの前に貼って送っていう力技です。

よく言うんですが、正解なんてないんですよ。

僕が選んだものをものすごい腕力とわがままで強引に正解にしているっていう感じです。

もちろんこれはうまくいかないことも多々あるんですが、マーケティングっていうものの取り扱い方って二つで一つはマーケティングによってを作るね。

例えばイケメン俳優オムツ漏れるだけ積もっても恋愛シーンをふんだんに入れてっていうのを前提に台本を書き進めていくようなもう一つは、誰にも選択せずに作った作品をマーケティングによって届けるっていうのがありません。

それこそえんとつの町のプペルなんてそもそも煙突の需要なんて1ミリもないわけじゃないすか。

みんな別に煙突が望んでなかったよ。

そんなもんなかったしそもそも煙突の需要なんて1ミリもないしイケメンは一人も出てこないし女子がドキドキするような恋愛シーンなんて一度もない。

ゴミ人間なんか誰も待ってない。

そいつなものを届けるためにはどうすればいいかっていうところにマーケティングを用いているっていう感じです。

どちらも、ものづくりの現場にマーケティングを持ち込んではいるんだが、マーケティングによって作られたものとマーケティングによって届けられたものこの二つは似て非なるものだと思うんです。

そんな中数値で結果が出ているもの全てをマーケティングによって作られたものとしてしまうのはちょっと庫整理の仕方と言うか分け方が雑だなと思います。

でもあの先ほども申し上げた通りマーケティングによって作られたものとしてしまわないと自我が崩壊してしまうという気持ちは分かるんです。

もう表現活動自分のメンタルが全てでそこが死んでしまうと思う。

何も生み出せなくなるから仮想敵を作ってそれを松葉杖にして歩くっていう歩き方もアリなのかもしんないすね。

ただ一つこれはどちらかと言うと僕よりも後輩の方にお伝えしたいんですが、今後ね今後数字が全てじゃないって思うような場面に遭遇すると思うんです。

場合によっては数字で結果が出せない自分をこれ以上傷つけないためにそういった主張を持ってしまうこともあるかもしれないね。

やっぱりね言い訳ができない世界で苦しすぎるからそういった言い訳を持って現実から目を背けても時間帯があってもいいとは思うね。

ただ数字が全てじゃないか否かは自分が勝手に思っておけばいいんだが、一つ確かなことは確かだね数字で結果を出さなかったらお前が守りたいものは守れないぞっていうことです。

あなたには表現したいことがあってその表現を届けるために少なからずあなたに時間を割いてくださったスタッフさんだったりファンの方だったりもちろんスタッフさんにはそのスタッフさんの生活が場合によってはスタッフさんの奥さんとかお子さんの生活もある方にももちろん生活がある。

たくさんある表現の中からまだ何者でもない自分ごときを選んで下さって場合によっては何であんな桑園支店の周囲から癒されながらもそれも自分に時間を使って下さって場合によってはアルバイトで必死に貯めたお金を自分に使ってくれている。

表現活動を始めた以上もうとっくの昔に自分一人の人生じゃないんです。

結果を出さなかったらその活動が止まってしまってその瞬間に巻き込んでしまった人たちが背負ってくれている痛みが全て無駄になるわけですがそれを踏まえた上で数字なんてどうだっていいと言えるなら言って見ろって話です。

お前そういった痛みの類を想像してないだろうっていうところです。

だからお前は弱い子だからそんなことが言えてしまうで僕は言えないんです。

日本だと、キングコング西野応援しているって言うだけで白い目で見られることがあって僕のスタッフやファンの方、そこを背負ってくださっているんでとてもじゃないけどそんなこと言えない。

ただ一方で彼らは世間の需要をリサーチしてそこに合わせて球を投げてしまうキングコング西野なんて1ミリも求めていない。

でまずは僕がやる事っていうのは世間の需要なんてを無視して僕のやりたい事をフルスロットルでやり切ってその後ドブ板営業で頭を下げまくってどうにかこうにか届けて数字で結果を出していうことです。

だけど今日は、表現活動を選んだ時点でお前一人の人生じゃないぞっていう話をさせていただきましたから西成ひろエンタメ研究所では西野朗が前2000文字3000文字の記事を投稿しおりますんで興味がある方は覗いてみてください。

それで来ない1日をお過ごしください。

あきひろでした。

じゃあまたね。

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