「恨まない」と決めること【Voicy文字起こし/西野亮廣エンタメ研究所 】

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ボイスメディアVoicyの「西野亮廣エンタメ研究所」チャンネルの文字起こしメモをしています。ほぼ写経のような感じでやっています。書き損じはご愛嬌で。

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目次

自分が本来割くべき時間について考える

昨日、毎週キングコングの収録がありまして。

そこでお話しさせていただいた内容についてもうちょっと深掘りしたいなーと思ってよその話をしたいんですが、まあ表面上の話を、今週の毎週キングコングでご確認ください。

今週もめちゃくちゃ笑える内容になっておりますね。

僕も腹ちぎれるぐらい笑ったんでお楽しみにということでございます。

早速、少し重たい話になっちゃうんですが、僕は過去に、大切なスタッフを事故で亡くしてるんです。

でその事故には加害者がいて、果たして事故と呼ぶのがふさわしいのかどうかとか空港あまりにもやりきれないものであったんです。

で、事故があったのは、そのスタッフと出かけているプロジェクトが佳境に差し掛かった頃で 事故当日なのにも関わらずお母様が気を使ってくださって。

「すいません西野さん、お仕事のお手伝いをすることができなくなりました」というね連絡を下さったんです。

連絡を受けてすぐに新幹線に飛び乗ってご家族の方がいらっしゃる、まご実家の方に行かせていただいてそのままおいおい泣きまして、その時から、残されたご家族の方とこまめに連絡を取り合うようになったんだね。

今も何かあれば連絡を取り合っていて僕のイベントにもご家族で足を運んでくださいますし、僕も僕で仕事で近くに寄った際は、会いに行かせていただいたりしています。

そういう距離感でお付き合いが続いているので、事故後のご家族の活動は当然ね耳に入ってくるんです。

そこでなかなかつらかったのは、加害者がいる事故だったので裁判もあって、残された家族の時間が、そういったものに割かれてしまっていたっていうことです。

そんなものに時間を割かなくても良かったはずじゃないですか。

加害者のことを恨んだと思いますし、事故さえなければ、そのご家族が誰かを恨むことに時間や気持ちを割くことはなく、もっと他の事にその時間を充てることができた。

そういう事故ってね終わらないんですよ。

残された家族のその後の時間を大幅に取っちゃうんです。

ここに関しては僕は一生かけてご家族の皆様のケアをしていくつもりでいます。

ここでようやく本題に入るんですが、昨日、梶原くんから質問を受けたんです。

何かというと、コロナでみんなの活動が制限されている中、少し前まで自分の活動を批判してきた人達から相談が来なかったって言った質問です。

わざわざ聞かなくても、梶原くんを取り巻く環境はもうこれ容易に想像がついて、 劇場やテレビといった活躍の場を失った人たちから「YouTube ってどうすればいいの?」っていう相談がカジサックにたくさん来ているのだと思います。

ただねそのうちほとんどの人が梶原くんが YouTube に挑戦を表明した時に、批判してきたり、嘲笑ってきたりした人達で。

梶原君からすると「人のことを散々殴っておいて今更何やねん」といったところだと思います。

ふざけんなよって気持ちがあって当然だと思う。

この気持ちは痛いくらい分かります。

基本僕の歴史はその繰り返しなんで。

新しいことを仕掛けて日本中から批判されて、5〜6年後に日本中がそれを始めて「やり方を教えてくれへん?」という相談が舞い込んでくる。

この繰り返しで。

これについてお話ししたいんですけど、最初はね思うところありましたよ。

クラウドファンディングにしたって、作品を無料公開にしたって、作るところからお客さんを巻き込んでいくっていうこの手法にしたって、お笑い芸人のひな壇以外の生き方にしたって。

皆しれっと何事もなかったかのように相談してくるんですが。

「お前ら散々批判してきたじゃないか」
「お前ら散々僕のことを殴ってきたじゃないか。」
「僕だけじゃなくて僕と一緒にいるスタッフのことも殴ったじゃないか。」

「今更どの面下げて頼み込んできてるんだ」

って最初はねやっぱそう思いました。

恨みに近い感情みたいのがあったと思います。

ただねこれ終わらないんです。

新しい挑戦をする限り、必ず批判は起きて。

しかしそこで結果を出せば、まもなくそれがスタンダードになり、そしてあの時避難してきた人たちからアドバイスを求められる。

その時も残念ながら、相手は当時批判したことなんて忘れてるんですよ。

あんだけ人のこと殴っておきながら、もう覚えてないですよ。

ていうか当時投げた小石だったんで、罪悪感などなかったのだと思います。

月並みですがよく言われることですが小石を投げられていた側、小石であろうがもう10万個ぐらい飛んできたわけですから、人が死ぬには十分な量なんです。

加害者は量で捉えないから、どうしてもこの自分がこう投げるものを軽く取り扱ってしまう。

そこに対する罪の意識が、そのズレが裏目に変わってしまうっていうことです。

あんだけ殴ってきといてなんやねんみたいな。

確かに、ふざけるなと思った時期もあったんですが、それがずっと続いたある日ふと、

「そもそも僕の時間は誰かを恨むために使うものではないはずだ」っていうこと思ったんです。

新しいことをして、結果を出すたびに当時批判してきた人たちが、手のひらを返して、その都度ふざけるなふざけるな、あの時来なくてきたじゃないか!とか怒ってたら、僕は人生の時間の大半をふざけるなっていうものに使ってしまうことになる。

それは僕が求めてる人生じゃないんです。

僕は面白いことだけに時間を使いたいんで。

なので、もう決めちゃったんですよ。

当時ボコボコに殴ってきた人たちが手のひらを返した時に「ふざけるな」と思うことを辞めにする。

そうじゃないと、僕の体が持たないんだよ。

もう誰からも思わないっていう風に恨まないっていうふうに決めたんです。

1万人が自分のことを言ってきて、1万人が平返して、1万人がアドバイス求めてきても、ちゃんとアドバイスに答えて、ちゃんと相談に乗るよ「お前なー!」みたいなことはもう思わないっていうことに決めたってことです。

自分の時間がそういうことってしまうからっていうことなんですが、ここに向けて日本中から批判され続けてきた先輩のからのメッセージなんですが、 ておいたほうがいいと思います。

自分のことを殴った人が手のひらを返したとしても恨まないということを最初からその挑戦する前から決めておいた方がいいと思います。

必ず挑戦がうまくいったら、それがスタンダードになったら、手のひらを返して相談求められるんで、アドバイス求められるなので最初から決めておいたほうがいいと思います。

これは自分の感情を殺すということですから、なかなか大変な作業っていうかもう修行ではあるんですが、あなたが本来あるべき時間はそういった誰かを恨む怨むことに使うべきじゃないと思うんで。

これは最初から決めておくことをお勧めします。

頑張ってねと言ったところでございます。

今日は、恨まないということというテーマでお話しさせていただきました。

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ここ最近は絵本の海外展開が結構進んでおります。

素敵な1日をお過ごし下さい。

キングコングの西野亮廣でした。

じゃあまたね。

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