僕らは自由を謳歌できるほど優秀じゃない【Voicy文字起こし/西野亮廣エンタメ研究所 】

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ボイスメディアVoicyの「西野亮廣エンタメ研究所」チャンネルの文字起こしメモをしています。ほぼ写経のような感じでやっています。書き損じはご愛嬌で。

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目次

「課題がある」という幸せ

今日は、僕らは自由を謳歌できるほど優秀じゃないというテーマでお話ししたいと思います。

このラジオは20代の子達も聞いてくれているので
ケツを叩く意味でね絶望的なお知らせをすると、
高校卒業と同時に吉本興業の養成所に入って、

プロとしてデビューする前に
芸歴10年までのプロが参加する
大阪の漫才コンクールの大賞を取って、
そこから一年で関西の漫才シーンを総なめして
20歳の時にはねるのトびらがスタートしてるんです。

で21歳ぐらいの時には M-1グランプリが始まって、
決勝まで行って。

その頃には局で冠番組持ってるんですよ。

家が芸能関係でとかではなくて、
野球少年とかサッカー少年のように
子供の頃から練習をずっと続けてきて

って言った特別な訓練をしていたわけではなくて、
みんなと同じようにダラダラと高校生活を過ごして、
高校卒業後からアクセルを踏んで10ヶ月ぐらいで結果出したと思います。

養成所の先生方からは
「10年に一人の天才が現れた」
みたいな感じで、ちやほやされたんですよね。

これを聞くと、ご自身の年齢と照らし合わせて、当時の西野に比べて自分は一体何をしてるんだって絶望するでしょう。

そこは多いに絶望してくださいっていうとこなんです。

僕の同期芸人は全員その絶望を味わって強くなったので、1回落ち込んでいただきたいなと思うんですが。

才能みたいな言葉で片付けられると、ちょっと安く聞こえちゃうので、一つだけ弁明させていただくと、自分が誰よりも努力をしたっていうことは胸を張って言えます。

同い年の子達が、なんとかコンパしてる間、血が出るほどネタ書き続けていたんで。

努力相応の結果だとは思うんです。

早速、自慢から入ったのは何かって言うと、そんな感じで僕はスタートからと売れっ子だったので、とにかく365日朝から晩まで仕事で埋まってたんです。

スケジュールがここでは壮絶な忙しさだったっていうことだけど想像していただけると嬉しいです。

途中、その重圧に耐え切れず梶原君が失踪してしまって仕事がゼロになったりもしたんですが、梶原君が復帰後から3ヶ月ちょっとで元の状態に戻したか、それ以上のところまで行ったと思います。

次の仕事が舞い込んで来る毎日で充実感と言えば聞こえはいいかもしれませんが、それなりにへとへとになっていたと思います。

夜は寝てるのか気絶してるのかがよく分からないみたいな。

そんな毎日です。

そんな毎日に終止符を打ったのが25歳の時です。

このまま今の生活今の活動を続けても、もしかしたら30〜50歳台で テレビの世界には残れているのかもしれないけれど、突き抜けていることはないなっていうのが見えちゃったんですね。

これは自分の努力不足っていうよりも構造上の問題です。

どんだけ一生懸命自転車漕いでも間に海があるからアメリカにはいけないみたいな、そんな感じです。

そこで芸能界の競争の螺旋から降りること決めて、今に至るわけですが、仕事から降りた時に思ったのは、これまでの仕事をするっていう作業も大変だったんだけど、そこから始まる仕事を作るっていう作業はもっと大変だって言う事知りました。

「仕事をする」よりも、やることはこれから自分が作らないといけない、て何をやろうっていう状況は、これまでの苦労が生ぬるく思えてくるほどの状況でちょっとゲロ吐きとなりました。

くれぐれも行ってきますが、これは難易度の話で、今現在一生懸命汗を流されている方を蔑んだりする意図は一切ありません。

やることを作るっていうのはやることがあるっていう状況が甘く感じるほど難しいことだよっていう事実を述べています。

で、今なぜこのタイミングでこの話をしてるかって言うと、今回のコロナ自粛でおそらく結構な数の方がこの経験をされたと思う。

朝から晩まで家にいて、特にやることがない。

ダラダラしようと思えば、いくらでもダラダラできる。

でも、周りを見ると働いている人もいる。

自分も何か働きたいけど、何をすればいいのか分からない。というか仕事したことあるんだが、仕事を作ったことがない。どうすんの?っていう焦りです。

あれだけ満員電車に文句言ってたのに
あれだけ出勤時間に文句を言っていたのに
あれだけ上司に文句を言っていたのに
あれだけ自由を求めていたのに

ところが僕らは好きにしていいよって言われた時に路頭に迷ってしまう。

何をしていいか分かんない。

何かおかしいって何かお酒飲んじゃって気が付いたらたった2ヶ月で随分太ってるみたいな。

で、これね僕ね25歳の頃に経験したんですけれど、解くべき問題がない毎日は苦しいんですよ。

どうやら僕らは解くべき問題がないと、まともに立っていられない。

だけど、問題を作るのってめちゃくちゃ難しい。

だからよくできてるなと思うのが、仕事の単価ってね問題を解く人よりも問題を作る人の方が圧倒的に高いんですよ。

これ作業の難易度に比例してると思います。

僕は多分このラジオを聴きのおよそ8割近いリスナーさんよりも、「やることがないからやることを作らなきゃいけないんだけど、さてどうしよう」っていう状況の先輩なんで、先輩である僕がどうやってこの難局を乗り越えたかをお話したいと思います。

参考になると嬉しいです。

いろいろ試したんですけど、一つ確かなことはね。

今日は何をしようかしらって都度考えるモードは絶対に長続きしない。

断言できます。

これ100%ネタ切れします。

まあ当たり前、魅力的な課題からやって行くんで。

後に行けば行くほど課題がトーンダウンする。

そこで僕は何をやってたかっていうとね毎日ブログを書く、体調が良かろうが悪かろうが、気持ちが乗ろうが乗らないが、書くネタがあろうがなかろうが、365日毎日ブログを書くって決めたんです。

そうするといいんですよ。

泣いても笑っても更新時間がやってくるんで。

そこまでに書くネタが思いついていなければ、大急ぎでインプットしなくちゃいけない。

この作業っていうのは、問題を作る作業じゃなくて、問題を解く作業なんで。

仕事作る作業じゃなくて、仕事する作業なんで幾分楽です。

作業量は増えていますが思考量は減ってるんで。

思考量が減るって言うとネガティブに聞こえますが思考をコントロールしないと体が持たないというのが今回のことなんでね。

作業と思考のバランスは大事です。

要するに、仕事をゼロから量産できる自分に期待しないっていうことだと思います。

僕の場合は深夜0時に必ずブログ、しかも長文をアップすると決めていて、毎日定時に提出しなきゃいけない宿題があるっていう状況がかなり支えになりました。

そろそろ、日常が戻り始めている方もいますが、一方でね人を集めることを生業としている方々はまだまだ大変な日が続いていますね。

その日々を乗り切る術として毎日行ってくる締め切りを何か一つも受けて自分から解く自由を奪うと少し前に進みやすくなるのでこれ結構お勧めですという話でございました。

というわけで今日は僕らは自由を謳歌できるほど優秀じゃないというテーマでお話しさせていただきました。

オンラインサロン西野亮廣エンタメ研究所では、最新ビジネスに関する記事3000文字起こしておりますんで興味がある方は覗いてみてください。

今日は、作品のプロットを公開しようかなと思っております。

素敵な1日をお過ごし下さい。

キングコング西野亮廣でした。

じゃあまたね。

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